中村里美&伊藤茂利ピースライブ≪NO.83≫
●イベント名:沼田鈴子さんを偲ぶ会(東京)
●日 時:2011年9月25日
●会 場:新宿PAPERA
◎歌:中村里美 ◎ギター:伊藤茂利
===========================
下記は、東京で行われた沼田鈴子さんを偲ぶ会の模様です。

被爆アオギリの種や、2世・3世の苗を世界に広める活動を支援してミューズの里で毎月開催しているチャリティーライブ「アオギリにたくして」の会場である新宿のレストランPAPERAにて開催されました。沼田さんを偲びお集まりくださった皆様、本当にありがとうございました。

先ずはじめに、大川須美さんがご挨拶をしてくださいました。大川さんは、沼田鈴子さんが被爆証言をされるきっかけとなった「にんげんをかえせ」を世界に広げるボランティア活動をされていました。大川さんが広島の平和資料館を訪れ、「にんげんをかえせ」のビデオを購入していた際に、沼田鈴子さんが自ら大川さんに話かけてこられたそうです。「あなたのような方にこの本を読んでほしい」とおっしゃり「青桐の木の下で」という本をくださったそうです。そのご本には、「出会いを大切に」と沼田鈴子さんの直筆で書かれています。
大川さんより「これからは、あなたが持っていてください」と、その時のご本とビデオを授かりました。大切に大切にしていきたいと思います。

▲大川須美さん
大川さんのご挨拶に引き続き、東京都原爆被害者団体協議会役員で八王子市原爆被爆者の会事務局長の上田紘治さんが、沼田さんを偲びお話とオカリナ演奏をしてくださいました。上田さんの奏でるオカリナの音色に心が癒され、平和な気持ちが心に広がっていきました。上田紘治さん、本当にありがとうございました。

▲オカリナ演奏をされる上田紘治さん
また、(財)カーネギー地球物理学研究所招聘上級研究員の山中高光先生が、ちょうどアメリカから帰国されておられ、駆けつけてくださいました。昨年秋に、山中先生のお取り計らいにより、米国ワシントンにある(剤)カーネギー地球物理学研究所で、被爆アオギリ2世の植樹と「中村里美&伊藤茂利ピースライブ」が開催されました。その後のワシントンでのアオギリの苗の成長について、ご報告くださいました。
植樹された被爆アオギリ2世は、雪の降るワシントンの寒かった冬を超え、この春に芽を出し、大きな緑の葉っぱを大空に向かって元気いっぱいに広げています。アメリカに渡った桜が全米に広がっていったように、カーネギーから被爆アオギリを広げていきたいという山中先生の力強いお言葉に感動いたしました。

▲山中高光先生
山中先生のお話の後、最初にご挨拶してくださった大川須美さんが、はじめて沼田鈴子さんとお会いされた時に購入されたというビデオで「にんげんをかえせ」が上映されました。沼田鈴子さんが被爆体験を語り始めるきっかけとなったのは、米軍が撮影した被爆直後の映像に負傷した自分の姿を見たことがきっかけでした。「にんげんをかえせ」には、その当時の映像を見ながら語る沼田鈴子さんが被写体として映し出されています。
私は、21歳の時に、日米協力草の根プロジェクト「ネバー・アゲイン・キャンペーン」の第一期民間大使として、「にんげんをかえせ」を持ってアメリカの学校や教会を訪れました。1年間約280回の上映会をさせていただきました。沼田鈴子さんと初めてお会いしたのは、渡米前のこと。被爆者の皆様のメッセージをアメリカに伝える「にんげんをかえせ」の中に映し出されている沼田鈴子さんに被爆体験を伺いに広島に行きました。もう25年以上も前のことですが、その時初めて、沼田鈴子さんにお目にかかりました。
当時の事やその後も沼田鈴子さんに大変お世話になった時のことなどが思い返され、沼田鈴子さんの被爆体験の朗読をさせていただきながら涙がこみ上げてきました。
現在私は、ギタリストの伊藤茂利さんのご協力を得て、沼田鈴子さんにも応援していただいていた、歌と語りで伝える「私のヒロシマ・ナガサキ」めざせ!1000回ピースライブを行っていおりますが、2年前に被爆アオギリ3世の苗を送っていただき、沼田さんのベッドの傍らで歌わせいただいた「アオギリにたくして」を歌わせていただきました。

▲左:伊藤茂利(ギタリスト)/右:中村里美(歌と朗読)
そして、被爆アオギリのお写真を撮影されている写真家の田頭賢治さんが、プロジェクターを使ってアオギリのお写真や生前の沼田鈴子さんのお写真を会場の皆様にご紹介くださいました。
沼田鈴子さんの生き生きと輝いた笑顔のお写真から、「出会いを大切に、やさしい気持ちを大切に、そして人の痛みを知ることが平和づくりへの第一歩」とおっしゃられていた沼田さんの声が聞こえてきそうでした。

▲写真家の田頭賢治さん
最後に、偲ぶ会にご参加くださった皆様の中からも、沼田鈴子さんを偲んでお言葉や演奏をしていただきました。
現在卒業論文の中で沼田鈴子さんと被爆アオギリについて書かれている黄節美さん、広島で7歳の時に被爆され現在は看護師としてご活躍されている神戸美和子さん、明治学院大学に被爆アオギリの植樹をされた学生の蓮沼佑助さん、この夏を広島で過ごされた高橋たけ代さんとお友達で平和活動をされている荒井陽子さん、ミュージシャンのディーコン先槻さんをはじめ皆様から沼田鈴子さんを偲ぶお言葉をいただきました。
そして、最後は、チャリティーライブ「アオギリにたくして」の司会者で広島県出身のミュージシャンの松岡誠(まこっちゃん)さんに平和への思いをたくした歌をうたっていただきました。
皆様本当にありがとうございました。
沼田さんは、私たちの心に今も生きています。
沼田さんの平和への思いを皆で受け継いでいきたいと思います。
最後に、今回東京で開催された「沼田鈴子さんを偲ぶ会」に、被爆アオギリ里子運動・広島事務所代表の山田忠文さんがお送りくださったメッセージをご紹介させていただきます(当日は、ギタリストの伊藤茂利が代読させていただきました)。
「被爆者は、だだそれだけで被爆者にはならない。沼田さんが被爆者になるまでには、戦後長い間、心と生活の葛藤があった。10フィートのフィルムに撮影された22才の無惨なカラー写真が公開されたことで被爆者となった。以後人前で被爆体験を語る中でも、自らの人生と歴史を再発見した。侵略戦争に自分も加担していたことを知る。アジアの多くの民が日本軍によって殺害されていた。被爆者は被害だけを語ってはいけない。それが 沼田さんをしてアジアの旅に何度も出かけ 歴史認識を深め成長した。更に原爆を落としたアメリカやハワイにも出かけて率直に反核兵器を訴え理解を得る。晩年は、被爆アオギリの種を平和の種として世界各地広める活動を展開した。それは今、多くの人々によって受け継がれている。最後の被爆者を願って闘い半ばで逝った沼田さんの遺志を受け継ぐのは、ここに参加された皆さんです。被爆アオギリ里子運動の発展を願っています。」(広島事務所 代表山田忠文)
posted by ヒロシマ・ナガサキ at 17:25|
ライブ記録
|

|